雑用係兼理事長の日記

NPO法人スポーツ健康支援センターな日々


昨日の夕方、歩数のマイレージのデータ保存に松本さんが来ました。

一冊の冊子を大事そうに持ってきて…


「よかったら、後で手が空いたときにでもこれ読んでみてください。」


創立三十周年記念誌

紫峰会少年野球連盟


と小学生が描いたと思われる表紙の絵とタイトルで…


「ありがとうございます。後で拝見します。」


閉店後、手にとってみました。表紙をめくると目次の次に松本さんのあいさつ文が載っていました。


創立30周年を迎えて

紫峰会少年野球連盟  会長 松本茂男


私の少年時代は、終戦直後の食料を始め物の非常に乏しい時代でした。楽しみといえば野球が唯一の楽しみでした。グローブは布ですぐ破れてしまい靴もなく、はだしで投げて右親指から血が滲んでいたのを憶えています。


よもぎを乾燥させて作った黒いパンを食べていた時代に自転車にダンボールをくくりつけ、売物のお菓子を入れて試合が終わると食べさせてくれたのが今は亡き田中清月堂創業者のおじいちゃんでした。その時のお菓子のおいしかった事は、一生忘れることはできません。


よし!!俺も大人になったら子供達の為に少しでも役に立ってやろう!!
それが紫峰会少年野球連盟の原点なのです。


遅ればせながら…30周年おめでとうございます。

本当にお疲れさまです。


終戦当時の日本の子どもたちって、おそらく今、映像で見る発展途上国の子どもたちのような輝いた瞳をしていたんでしょうね。


僕はこの先何年、総合型クラブのマネージャーをするかわかりませんが…できることなら10年くらいで一般会員になって…近所のハナたれ小僧を集めて空き地で野球がしたいです。


そのときは、一緒に草むしりして一緒に野球をやりましょう。

三角ベースで…ランナーは透明人間にして…


「古徳さん、やっぱり子どもを怒るのはダメですね。」

「そうですね。ダメではないけど…遊んでる子どもたちを怒る理由が僕には見つからないんですよ。」

(元教育長に偉そうな口効いて恐縮ですが…)


ひょっとしたら子どもたちの輝いた瞳を見れるかもしれませんね。