昨日の日記の続きです(-。-)y-゜゜゜
シンボリルドルフが勝ったジャパンカップの時代…
まだ馬券の種類は単勝、複勝、枠連の3種類だったと思います。
今のようにフルゲート18頭ではなく、もっと多頭数でした。
馬連がなくて枠連だけということは…
単純に24頭出走したなら一枠に3頭ずつ入るわけです。
自分のお目当ての馬が出走取り消しても残り2頭いるので…
返金されないのです。
なので…記憶が定かではないのですが、この頃単枠指定というのができました。
そして、当時の秋冬競馬の芝は枯芝の茶色だったのです。
ジャパンカップで海外から来るようになって…
海外の競馬関係者から日本の芝は何で枯れているんだ?と言われ…
オーバーシードするようになったそうです。
日本馬が勝ってからも海外との差は縮まっていないと昨日書きましたが…
世界との差を一気に縮めたのは言うまでもなくサンデーサイレンスの功績です。
そして、ジャパンカップで言うとエルコンドルパサーが勝った辺りかもしれません。
その翌年、皇帝はジャパンカップを観戦しました。
勝ったのはスペシャルウィークでしたが、その日、エルコンドルパサーの引退式があったのです。
あの馬体の凄さと迫力は今も脳裏に焼き付いています。
何で引退しちゃうのかさっぱりわかりませんでした。
今年のジャパンカップですが…
その年の三冠馬が2頭出走するというのは今までもこれからもないと思います。
それだけでも歴史残るレースです。
明日、一足早く皇帝の研究論文を発表します。
おやすみなさい(-_-)zzz
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