彼の名前は僕が付けた。
風を受けながら大地にすっと立ち
空に向かってまっすぐ育って欲しい。
今日は土浦一高のサッカーの試合で相手は茨城県の優勝候補の筆頭である鹿島学園である。
負ければ終わりの大会であり、彼にとっておそらく最後のゲームとなると思った。
実は3日前の土曜日に練習試合で彼は足首を捻挫していた。
珍しく「牛久まで迎えに来てくれ。」と頼まれて迎えに行ったときだったようだ。
前日の夜、接骨院でテープを巻き、「当日、試合前にある程度固定したテーピングをするように。」と言われたのであった。おそらく普通ならこの状態では試合には出してもらえないだろうが、必ず出ると確信していた僕は接骨院を出るときに彼にこう言った。
「たぶん痛みは取れねえな。ただ、試合が始まれば関係ないから…力尽きるまで走るしかねえよ!」
そして、今日を迎えたのである。
鹿島ハイツは肩書きがスポーツ王国となっていて以前下の子のラグビーの試合で行ったことがある人工芝のむちゃくちゃきれいなグランドがいくつもあるのだ。
鹿島学園はそのすぐ近くにあり、まさにホーム&アウェイといった感じだった。
僕が着いたときにはゲームは始まっていて上下とソックスまで真っ白の土浦一高のユニフォームが青い空と緑のピッチに映えていた。
「あっ、出てる!」
ゼッケン「6」を背負った彼は痛い顔ひとつ見せずにピッチに立っていた。
相手は勝って当然のチームだ。仮に勝ち進んで当たったら間違いなく負けるだろうが初戦で当たった以上、相手は同じ高校生だ。白いユニフォームは決して引けをとってはいなかった。
彼は必死に走っていた。前半を0−0で終えたとき、間違いなく会場はアウェイではなく…土浦一高の健闘を驚きを含んだ賞賛があちらこちらで聞こえてきた。
ひょっとすると・・・
彼は後半もピッチに出てきた。
親バカと思われるのを承知で書くが本当によくがんばった!
本当によく走った!
痛めている右足に何度もスライディングタックルを受けてもすぐに立ち上がった。
もうテクニックやスタミナで決まる範疇を明らかに超えていた。
そして、後半終了のホイッスルが鳴った。
0−0
周りがどよめきだした。
まさかの結果に自分も含めてこれからのことがまったくわからなかった。
PK戦?
延長戦?
だとしたら何分ハーフ?
Vゴール方式?
できることならこのまま終わりでもいいとさえ思った。
延長戦は時間を計っていたわけではないが、10分ハーフだったと思う。
前半の終了間際にPKで1点入れられ、後半さらに1点…結局0−2で県内最強のチームに敗れた。
彼は後半の途中で交替となり、ピッチを去った。
終わった…
僕ははじめて土浦小学校のサッカー少年団の練習に参加したときの彼のことを思い出していた。
付き添いで行ったとき、サッカーなんてやらないで野球にすればいいのに…と思っていた。
これからもサッカーは続けるかもかもしれない・・・いや、続けるだろうが間違いなく今日がひとつの区切りになるだろう。何だか胸が熱くなった。
高校3年の最後の夏を自分のときと照らし合わせていた。
何て声をかけようか?
僕の父親は僕に何て言ったっけ?
確かたった一言「疲れたろ?がんばったな。」だったような気がする。
僕もそうしよう。
そして、少し時間が経ったら彼に「一緒にボール蹴らないか?」と言ってみよう。
自分の子供とキャッチボールをするのが結婚する前からの夢だった。
野球ではないが、その夢を叶えてくれた彼に感謝を込めて…
「疲れたろ?がんばったな。」